ナナエフダイアリー 2013年10月

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ナンバー登録

仕事の合間に品川陸運局に出向き、ナンバーの交付を受けてきました。
自賠責に加え任意保険にも加入したので、すぐにでも走りに行けます。

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記念にうちの2輪車を並べて。

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CB750FBキタ

「程度が良いのが出たらよろしく」と友人に頼んでおいたCB750FBが忘れた頃に業者オークションで引っ張ってきてくれた。

初年度1981年登録で走行距離23270km。

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タンクとフェンダーは新品ですが、フレーム・エンジン回りはそれなりですが、追々きれいにリフレッシュしていきましょう。

エンジン自体は淀みなく回り、そのまますぐに走り出せる状態です。

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なぜナナエフなのか

大型バイクの限定解除制度が始まった2年目に16歳を迎え、限定解除試験の練習で中型免許も試験場で取得。
間髪入れず限定解除も取得後初めてのナナハンはホンダCB750K4の中古。

ちなみに当時の試験車両はCB750F-Ⅱ、Z750RS、GT750で乗り易さは圧倒的にZⅡ、皮肉にも6回目で合格した時の車両は一番乗り難かったウォーターバッファローと呼ばれた水冷2サイクルのGT750でした。
水冷2サイクルと言うと今の感覚から言うと、軽量なスポーツバイクと言うイメージですがこれが真逆の超重量級バイクでした。

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その後、スズキGS750、GS750E、カタナⅠからⅢまで、ホンダVF750F、Z750など。
中型免許取得後すぐに買ったやかんタンクのホークⅡはサーキット用として乗り続け、83年の鈴鹿4耐予選前フリー走行で六甲の星と呼ばれたモリワキの宮城光くんを追いかけ、逆バンク立ち上がりでフロントブレーキが抜けデグナー1個目を直進。
ホークⅡは無残にもただのやかんになってしまい、これを機会に全てのバイク生活から一旦足を洗うことに。

思えば1978年に見た鈴鹿8耐でのヨシムラGS1000に乗るウエス・クーリーに度肝を抜かれ、それ以来スズキに傾倒していったと思います。
つまりバリ伝時代は秀吉派だった訳で、名車と言われたCB750Fに乗ってなかったのが悔やまれます。


長いバイク生活最後の「アガリのバイク」としてナナエフが最適ではないのか?
と思った次第です。



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Author:リベット
レース用のDUCATI999tfdとアガリ用のCB750Fの2輪生活

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